「おくのほそ道」最上川そば三街道

                 尾花沢市歴史文化専門員 梅 津 保 一

 

 

  3つのそば街道  山形セレクションに

咲きほこる蕎麦の花

  山形県は良質のそばが穫れる全国有数のそば処である。近年、地域ごとにそば屋や栽栽培農家、観光団体、自治体が一体となって「そば街道」を結成している。そのなかで、最上川中流域の北村山地域に位置する3つのそば街道(最上川三難所そば街道、大石田そば街道、「おくのほそ道」尾花沢そば街道)が、「観光・関連サービス分野(資源活用観光)」で山形セレクションに認定されている。

  山形セレクションとは、山形が持っているたくさんの素材の中から本県独自の高い基準を持って選りすぐり、「山形の宝」として世に発信する取り組みである。資源活用観光の認定対象は、他の認定分野と違い、「サービス」「食・体験・交流」など本県の豊かな地域資源を有効に活用し、“集団化”“統一化”された、利用者に高い満足を与える、山形ならではの観光」とされている。認定を受けた3つのそば街道は、地域が連携し一体となって、そば栽培からそばの提供までの一連のサービスの品質を継続する仕組みがつくられている。山形セレクションの認定を受けた際、認定制度実施要綱に定める事項を遵守し、山形セレクションの品位保持に努めることを山形県知事に誓約している。

  北村山地域にある3つのそば街道は、「おくのほそ道」最上川そば三街道協議会を結成し、そば打ちの伝統の技ともてなしの心で、訪れる人を迎える。

  

  最上川三難所そば街道(村山市)

  松尾芭蕉は、『おくのほそ道』に「最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。ごてん(碁点)・はやがさ(隼)など云おそろしき難所。」と記している。最上川舟運時代、碁点・三ケ瀬(みかのせ)・隼の三難所は、今では陸路が発達して交通路から観光名所へと変わり、『おくのほそ道』に登場した最上川の流れを眺めながら舟下りを楽しむことができる。

  最上川三難所に沿ってそば屋14軒が連ねる15Kmの道のりを平成6年に「最上川三難所そば街道」と名付けた。この地域は寒暖の差の激しく、そばのうま味のもとであるデンプンを多く生み出すので、そばの適地である。  

  農家が多かったこの地域では、大勢で田植えや稲刈りなどの農作業をした後、労をねぎらう「そば振る舞い」をした。以前は、どこの家でもそばを打って、みんな揃って食べた。その伝統を受け継いだおいしいそばが食べられる里・村山市として祭りやイベントなどを開催している。

  村山そばのシンボルマークである長板は、「そば振る舞い」

や大人数でそばを囲むために使われたのがはじまりという。毎年10月、「伝承館まつり〜世界一の長板そばまつり三十三間堂〜」が開催され、約60mの長板に用意された手打そばを330人が一斉にすする。1998年、600人が長さ 90.96mの長板に盛った132sのそばを食べてギネスブックに載る。

 

  大石田そば街道(大石田町)

大石田を流れる冬の最上川

  松尾芭蕉は、『おくのほそ道』に「最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。(中略)このたびの風流爰(ここ)に至れり」と記している。大石田は最上川舟運の最大の河岸(川の港)であり、米沢・山形・酒田・上方を結ぶ中継地として栄えた。『おくのほそ道』紀行で、芭蕉・曾良と大石田の高野一栄・高桑川水が四吟歌仙「さみだれを」を巻いている。芭蕉の発句「さみだれをあつめてすずしもがみ川」に、一栄が脇句「岸にほたるをつなぐ舟杭」を付けている。芭蕉は大石田で旅の風雅が極まったと書いている。大石田には正岡子規齋藤茂吉をはじめ多くの文人墨客が訪れている。

  大石田そば街道は、平野部と山間部に点在する16軒の手打ちそば屋からなる。大石田町は玄そばの産地で、夏と冬、昼と夜の寒暖差の大きい気候がデンプンの蓄積を多くするため豊かな風味を生む。大石田そばは、平成13年に環境省「かおり風景100選」に認定されている。  

  大石田では古来、カノ焼き(焼畑)は男の仕事、そば打ち

は女の仕事とされていた。どこの家にもそば打ち道具があり母から子へ、また嫁へと家庭の味が受け継がれてきた。その家庭の味がいつしか評判となり、農家の軒にのれんを掲げたのが大石田のそば屋のはじまりである。おいしいそばの条件は、「挽(ひ)きたて」「打ちたて」「茹(ゆ)でたて」の三たて。この三たてが大石田のそば屋に脈々と受け継がれている。

 

  「おくのほそ道」尾花沢そば街道(尾花沢市)

「蕎麦はまだ花でもてなす山路哉」の芭蕉句碑(尾花沢)

  尾花沢市は、羽州街道の宿場町、日本最北端の幕府代官所の所在地として栄えた。元禄2年(1689)松尾芭蕉が『おくのほそ道』紀行で尾花沢を訪れ、最長の10泊をしている。

  寒暖の差が大きくて霧の多い尾花沢市はそば栽培の好適地であり、そばの生産量が県1位である。昼夜の温度差が大きく、晴れた日の早朝には川霧が発生する。そばの生育、結実期に朝霧が立つと、味、栄養とも優れたそば粉が穫れる。そばを打つにはきれいな水が必要であるが、地下水を水道の源泉としているので、尾花沢そばはおいしい。  

  尾花沢に細めで長く打った麺を出すそば屋がある。羽州街道の宿場町に江戸仕込みの伝統が残っているのである。長く細く打つのは、栄養分が茹(ゆ)で汁に溶け出さぬよう、風味を逃がさぬように短時間でさっと茹で上げるためだという。 

多くの旅人が往来した宿場町尾花沢に、「そば切り振舞」や「手打ち」の古い伝統が残っている。平成11年2月、13軒のそば屋が「おくのほそ道」尾花沢そば街道を結成した。栽培農家、そば屋、消費者からなる「ゆう遊三昧会」を組織し栽培からそば打ちまでの研修を積んで技術の向上に努めている。職人としてのこだわりの味が尾花沢そばの特長である。また、そば屋自らが徳良湖周辺にそば畑10ヘクタールを栽培して、「新そばまつり」などを企画し、生産と味の追求はもとよりそばによる「まちおこし」を進めている。